東京地方裁判所 昭和27年(ワ)1703号 判決
原告 小山昭文 外二名
被告 西武鉄道株式会社
一、主 文
被告は原告小山昭文に対して金三十万円、原告小山正志に対して金十一万四千九十三円、原告小山勝に対して金五万円及び右各金額に対する昭和二十七年三月三十一日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
此の判決は、原告小山昭文において金十万円、原告小山正志において金三万円、原告小山勝において金一万五千円の担保を供するときには、仮りに執行することができる。
二、事 実
第一、請求の趣旨
被告は原告小山昭文に対し金四十八万五百六十六円、原告小山正志に対して金十六万五千六百三十円、原告小山勝に対して金十万円及び右金額に対する訴状送達の翌日である昭和二十七年三月三十一日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求める。
第二、右に対する答弁
原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
第三、請求の原因
(一) 原告昭文は原告正志、同勝の長男(昭和十九年六月十日生)であり、本件事故発生当時落合小学校一年在学中であつた。被告は高田馬場本川越間路線で電車による旅客貨物の運送を営む会社である。
(二) 昭和二十六年十月二十七日午後十二時三十三分頃原告昭文は落合小学校からの帰途、訴外福田利子、同大塚敬子(何れも当時落合小学校四年生)と共に被告経営路線である高田馬場、下落合両駅間の軌道上にある東京都新宿区下落合二丁目九百三番地先所在第七号踏切にさしかかつた時、被告の被用者である訴外渡辺茂の運転する高田馬場行電車の前部左側に接触し、左腕の肩より二寸位のところから約一寸五分の幅で上膊部骨折及び左腕轢断の重傷を負つた。
(三) 被告は次の何れかの理由によつて原告等に対してその損害を賠償すべき義務がある。
(1)原告昭文の負傷は被告の過失に因るものである。元来専用軌道による交通事業の経営者はその軌道に踏切を設置する以上そこに通行者の安全をはかるために必要な保安設備を設置すべき義務があるが、少くとも被告が本件事故の発生した第七号踏切(以下本件踏切という)に保安設備を設置しなかつたことは義務の懈怠であり、従つて過失があつたと云うべきである。即ち地方鉄道建設規程第二十一条第三項は「交通頻繁にして展望不良なる踏切道」には門扉その他の保安施設を設備すべき旨規定しているのであるが、本件踏切附近の状況としては、その西方約五十米のところから下落合駅にかけて軌道が緩かに曲線をなしており、電車からの右踏切の見透しは不良であり、又右踏切の南北両側には家屋が並立しているので通行人側からの見透しも頗る不良であつたのであり、加うるに本件踏切は相当の交通量があり、特に附近には小学校があつてその登校下校時には多数の小学校児童が通行しているのであるから当然右規程の規定する「交通頻繁にして展望不良なる踏切道」に該当し、従つて被告は本件踏切に保安設備を設置すべき義務があつたのである。然るに被告はかかる義務に違反してその設置をなさず、その結果昭文を電車に接触負傷せしめるに至つたことは被告の不作為による不法行為である。
(2)原告昭文の負傷は被告の被用者である訴外渡辺茂の過失によるものである。即ち、先ず本件踏切附近の状況を見ると、右踏切の西方にある第九号踏切附近より軌道は緩く彎曲しており、附近には踏切が多く存在する。本件踏切には何等の保安施設が存在せず、又右踏切の南北両側には軌道敷地に接着して住宅が並立しているため通行人は殆んど軌道敷地内に立入らなければ電車の進行状態を知ることができない。一方附近には落合小学校があつて本件踏切は小学校児童の通行路に当つている。ところで、此のような事情は運転手である訴外渡辺茂が職務上当然知つていたことであつて、このような状況にある本件踏切を通過するときには運転手としては必らず通過前に警笛を鳴らし、且つ何時でも急停止できる程度に速度を落すべき義務があるにも拘わらず、渡辺はそのような義務に違反して警笛も鳴らさず漫然時速四十二粁の高速度で通過し、その結果昭文を電車に接触、負傷させるに至つたのである。又本件踏切の西方軌道は彎曲状態をなしているとはいえ、約二百米西方にある第九号踏切附近より右踏切を望見し得るのであり、特に本件事故発生の当日は晴天無風で視界は良好であつたのである。他方本件事故の発生直前昭文は訴外福田利子及び大塚敬子と共に右踏切に差しかかり、福田は一旦踏切の北側に立止つたが、昭文と大塚は踏切内に立入り、上下線の線路の中間まで進んだとき下り電車の進行してくるのを発見して大塚はそのまま立止り、昭文のみ後退して上り電車の北側軌道に達した時に渡辺の運転する上り電車に接触したものである。右の通り渡辺の運転する上り電車が昭文に接触する直前まで大塚が上下両線の中間に佇立していたのであるから、若し渡辺が前方を注視していたならば本件踏切前約二百米の地点で昭文等を発見することができた筈であり、その結果本件事故の発生を未然に防止することができたのである。然るに渡辺は前方注視義務を充分尽さず本件踏切の西方約四十二米の地点に至つて漸く昭文を発見し、直ちに非常制動をかけたが間に合わず、遂に昭文を負傷せしめるに至つたものであり、渡辺は此の点についても過失がある。ところで渡辺は当時被告の被用者として被告の事業を執行していたのであるから、被告は渡辺の不法行為によつて生じた原告等の不法行為に対して損害を賠償すべき義務がある。
(3)被告が本件踏切に事故防止のために必要な保安施設を設置しなかつたことは被告が占有所有する土地の工作物である電車軌道の設置又は保存に瑕疵があつた場合に該当し、従つて被告は民法第七百十七条によつて原告等が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。即ち(1) において述べた通り被告は本件踏切に門扉その他の保安設備を設置すべき義務を負うにも拘わらずその義務を怠つたものであるが、仮りにそのような義務がないとしても既に(1) において述べたような事情がある以上、本件踏切に保安設備が存在しなかつたことは土地の工作物である電車軌道の設置又は保存についての瑕疵であるというべきであり、本件踏切において昭文が渡辺の運転する上り電車に接触して負傷するに至つたのは結局において右踏切に何等そのような事故を防止すべき保安設備がなかつたことに因るのであるから、被告は民法第七百十七条によつて原告等の損害を賠償すべき義務がある。
(四) 原告等の蒙つた損害は次の通りである。
(1)原告昭文の損害額は合計金四十八万五百六十六円となり、その内訳は次の通りである。
イ、左腕轢断によつて精神的に蒙つた損害金十万円。
ロ、若し昭文が完全な肢体を備えているならば二十歳に達して後平均余命五十二歳まで一ケ月平均一万円の収入があることは確実であるが、左腕喪失のため一ケ月平均金三千円だけ収入が減ずることも亦確実であり、一ケ月金三千円の割合で得べかりし利益を喪失することとなるから三十三年間に金百十八万円、これより四十五年間の中間利息を控除して金三十六万四千七百十六円の損害がある。
ハ、昭文は二十六歳より平均余命五十二歳迄五年に一回義手を取り替える必要があるのでその購入費は平均一具金一万円として計五万円となり、此の金額は五十歳に達した後即ち四十三年後に支払われるものとして中間利息を控除すると金一万五千八百五十円となる。
(2)原告正志の受けた損害は合計金十六万五千六百三十円となるが、その内訳は次の通りである。
イ、原告昭文の父として精神上蒙つた損害金十万円。
ロ、昭文は負傷直後から聖母病院において治療を受け、原告正志はその費用金一万五千九百六円を支払つたが昭文は父正志と共に健康保険に加入していたために原告正志はその半額に当る金額の保険金を受領したのでその残り半額金七千九百五十三円。
ハ、昭文の義手購入代金七千六百三十七円。
ニ、昭文が昭和二十六年十一月より昭和二十七年一月に至るまで九十日間に亘り毎日マツサージを受けた治療代一回金三十円の割合で合計金二千七百円。
ホ、昭文は二十五歳に至るまで成長に伴い二年に一回義手を取り替えなければならないが、その購入費平均一具につき金一万円として計金九万円、但しこれは二十五歳に達したとき即ち十八年後に全部支払われるのであるからそれまでの中間利息を控除して金四万七千三百四十円。
(3)原告勝の損害は原告昭文の母としての精神上蒙つた損害金十万円である。
(4)右原告等の各請求金額に対する訴状送達の翌日である昭和二十七年三月三十一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金。
第四、右に対する答弁
(一) 訴求原因第一項は認める。同第二項中原告昭文が原告主張の日時に原告主張の踏切において被告会社の運転手渡辺茂の運転する高田馬場行上り電車に接触して負傷したことは認めるが、昭文が上膊骨を粉砕され左腕を轢断された事実は否認する。昭文の負傷程度は知らない。同第三項中本件踏切の両側に住宅が並立し右踏切には遮断機、警報機等の設備がないことは何れも認めるが、その他の事実はすべて否認する。
(二) 被告には何等過失がない。即ち本件踏切の交通量は一日平均千人以下であつて地方鉄道建設規程第二十一条第三項にいう「交通頻繁なる踏切道」には該当せず、従つて被告が右踏切に遮断機その他の保安設備を設置しなかつた点には何等過失がない。仮りに被告に本件踏切に保安設備を設置すべき義務があるとしても右の程度の踏切に遮断機、警報機の設置を要求することは当時の日本の社会情勢、一般私鉄会社及び被告会社の経営事情からして期待不可能であつた。
(三) 訴外渡辺には過失がなく、従つて被告は責任がない。一般に専用軌道に走る電車の運転手は踏切地点を通過しようとする場合には、たとえ電車の進行を望見することを多少困難ならしめるような障礙物のある踏切であつても、特別な事情のない限り特に電車の速度を低減し、又は進行を停止して不慮の事故発生に備えなければならぬと云うような注意義務はないのであつて、本件踏切附近に住宅が並立して見透しが不良であることは認めるけれども、渡辺はそのことを熟知していたから右踏切の手前約五十米附近で警笛を鳴らし、又先行電車があつたため時速約四十粁乃至四十二粁の低速で進行したのである。
ところが渡辺は本件踏切の接触地点隣の西方約四十二米の地点に達したとき昭文及び女児一名が上り線外側軌道の北方約三米にある板塀の影から軌道内に進入してくるのを発見し、直ちに非常警笛を吹鳴すると同時に非常制動をかけたが、昭文は電車の進行に気がつかなかつたので遂に電車に接触して負傷したのである。渡辺が昭文を発見したのは右の通り同人が上り線軌道外側約三米附近の地点に到達した時であり、これは渡辺が電車運転手として被害者を発見し得る最初の機会であるから、渡辺としては運転手に要求される前方注視義務を充分尽くしていたのであつて何等過失はなかつたのである。
(四) 仮りに渡辺に何等かの過失が認められるとしても、使用者たる被告は同人の選任及び事業の監督について相当の注意をなしたのであるから被告には責任がない。
(五) 被告が本件踏切に門扉、警報機等の保安設備を設置しなかつたことは民法第七百十七条にいう土地の工作物の設置又は保存に瑕疵ある場合には該当しない。同条の土地の工作物とは設置された工作物のみ、即ち本件の場合は踏切道自体をいうのであつて、その空間又は将来設置さるべき土地の工作物を含むものではない。
門扉、警報機等はたとえ設置せられても独立の工作物となり踏切道の一部とはならない。保安設備のない踏切道の設置に瑕疵あるものとすれば経営者は路線設備だけで無過失責任を負うこととなり民法の原則に反する。
仮りに踏切道における保安設備の設置が民法第七百十七条の土地の工作物の設置又は保存に該当するとしても、本件踏切における保安設備の欠缺は土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とはならない。即ち既に述べた通り地方鉄道建設規程は「交通頻繁にして且つ展望不良なる踏切」にのみ保安設備を設置すべき義務を課しているのであるが、いかなるものがこれに該当するかは当時の社会状勢、交通機関の重要度、通行人の交通道徳の程度、輸送の状況設備費用、会社経理の実情等内外諸般の事情を参酌して衡平の観念に基き決定さるべきものである。而して本件事故当時国有鉄道においては一日の交通量約三千人の踏切道をもつて右規程に該当するものとしていたから、被告会社についても右の基準によるのを妥当とするところ、本件踏切は一日平均約千人以下の交通量があるに過ぎないから、客観的な規準によつては到底交通頻繁とはいえず、更に国内の現状及び各鉄道会社の状況からしてかかる踏切道程度のものに保安設備を施すことを要求するのは期待不可能である。従つて被告には保安設備設置義務はなく、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があつたとはいえない。
(六) 仮りに被告が原告等に対して損害を賠償すべき責任があるとしても、原告等にも過失があつたから、過失相殺を主張する。即ち昭文は当時七歳であつたが踏切の危険については充分認識しており、而も事故発生当時同行していた年上の女児の制止をきかずに無謀にも踏切を横断しようとしたものであつて過失があつた。又昭文の両親である原告正志及び勝は通学の途中電車踏切を横断することは七歳の幼児には危険であることを充分知つておりながら、又電車踏切を横断しなくても通学することのできる戸塚第三小学校が原告等の家より約四百米の近くにあるにも拘わらず、敢えて昭文を落合小学校に入学せしめたことについて、又一旦子供を右小学校に入学せしめた以上は本件踏切を通行するについては、予想される不慮の事故の発生を防止すべき万全の用意をしなければならないのに、適当な監督者もつけないで昭文を放任したことについて、何れにしても親としてその監護に過失があつたものというべきであり、以上の原告等の過失はその損害額を算定するに当つて参酌されるべきである。
第五、証拠関係<省略>
三、理 由
(一) 原告昭文が原告正志、同勝の長男であり、本件事故発生当時落合小学校一学年に在学中であつたこと、被告は高田馬場本川越間で電車による旅客貨物の運送を営む会社であること、昭文が原告主張の日時に、原告主張の踏切を横断しようとしたとき被告の被用者である訴外渡辺茂の運転する高田馬場行上り電車の前部左側に接触して負傷したことについては何れも当事者間に争がない。
(二) 先ず被告に過失があつたか否かについて判断する。本件踏切に遮断機、警報機等の保安設備が存在しないことは当事者間に争がない。被告が専用軌道による交通事業の経営者として「交通頻繁にして展望不良なる踏切道」には門扉その他の保安設備を設置すべき義務を負うことは地方鉄道建設規程第二十一条第三項の規定するところであるが、本件踏切が果して右の「交通頻繁にして展望不良なる踏切道」に該当するかどうかについて検討してみる。
本件踏切の交通量が大型自動車一台を三十人、小型自動車一台を十人、自動車一台を十人、自転車一台を二人、牛馬車一台を三人に換算すると、昭和二十六年九月四日には約六百人、同二十七年二月三日には約九百八十人であつたことは証人松浦松太郎の証言によつて認めることができるから、本件事故発生当時、右踏切の交通量は一日平均六百人乃至八百人程度であつたと認めるのが相当である。次に検証の結果によると、本件踏切の西方約五十米辺りから下落合駅方面にかけて軌道は半径約四百米の緩い曲線をなしていること、又右踏切の南側には工場が建ち、その北側約二米のところに笹間恒夫宅の黒板塀がその北側約三米のところに同人宅家屋が建つており、更に板塀と軌道との間に鉄柱が存することを認めることができる。尤も証人伊藤一郎の証言によると本件事故発生当時には右の板塀は存在せず、家屋のみがあつたことが認められる。しかし何れにしても電車からの踏切通行人の見透しも又踏切からの電車の見透しも共に可成り困難であることを認めることがができる。原告は右のような場合には被告は当然不慮の災害を防止すべき義務があると主張するのであるが、しかしながら交通量一日平均四千人以上の踏切には門扉、二千五百人以上四千人以下の踏切には警報機を夫々設置し、二千五百人以下の踏切には保安設備は原則として設置しないという国有鉄道の基準(証人岩崎茂の証言によつて認める)と照応しても交通量一日平均千人以下に過ぎない本件踏切については、たとえその見透しが不良であり、又附近に小学校があつて小学校児童が通行していたというような事情があつても被告が国有鉄道の取扱基準に鑑み前記地方鉄道建設規程第二十一条第三項にいう「交通頻繁にして展望不良なる踏切道」に該当しないと考え、従つて保安設備を設置しなかつたことは無理からぬことであり、被告に過失があつたと認めることはできない。
(三) 次に本件事故が被告の被用者である訴外渡辺の過失によるものであるかどうかについて判断をすすめる。先ず証人福田利子、同福田きく、同渡辺茂、同伊藤一郎の各証言及び成立に争のない甲第五、第九号証を綜合すると、本件事故発生直前における昭文等の行動は次の通りであつたことが認められる。即ち昭和二十六年十月二十七日午後十二時三十三分頃昭文は落合小学校から帰宅の途中、同校四年生であつた福田利子及び大塚敬子と共に本件踏切にさしかかつたが、踏切の直ぐ手前で大塚が突然走り出し、続いて昭文が走り出したが、その暫く前に右踏切を下り電率が通過したので右両名はこれに気を取られて上り電車が進行してくるのに気がつかなかつた。大塚は無事に踏切南側に到着することができたが、昭文は少し遅れていたので上り電車が通過する前に踏切を渡り切ることができず、そのとき上り電車が進行してくるのに気づいて危険を察知した福田が昭文を手前に引張つたが力及ばず、遂に電車が直前まで進行してきたので止むなく手を離した結果、昭文は渡辺の運転する上り電車の前部左側に接触して負傷したものである。
ところで検証の結果によると、既に述べたように本件踏切を通行する通行人から進行電車の見透し、及び電車運転手から通行人の見透しは可成り不良であることが認められ、又右踏切には門扉、警報機等の保安設備が存しないことは当事者間に争のないところである。他方本件踏切の附近には落合小学校があつて、その登校下校時には相当数の小学児童が右踏切を通行していたことは、成立に争のない甲第四、五号証証人渡辺茂の証言によつて認めることができる。ところで同じく渡辺証人の証言によると渡辺は右のような事実を何れも熟知していたことが認められるのであるが、そのような場合には本件踏切の如き踏切を通過する電車の運転手は起り得べき事故を極力防止するために、その前方相当の距離ある地点から警笛を吹鳴して通行者の注意を喚起し、又常に軌道の前方を注意して電車の進行に気がつかずに踏切を横断しようとする通行人がある場合にはできる限り早くこれを発見して電車の速度を減じ乃至はこれを停止せしめて事故を未然に防ぐことができるようにする義務があることは明らかである。然らば本件において渡辺に果して右のような注意義務違反の事実があつたか否かについて検討してみると、先ず警笛を鳴らしたかどうかの点について証人伊藤一郎、同福田利子、同笹間くに子は本件事故発生直前には警笛を聞かなかつた旨証言しているけれども、証人伊藤は本件事故の発生前下り電車が通過したことには気がつかなかつた旨も証言しており、又証人福田利子は年少であるから、右証人等がそのとき果して警笛が鳴つたときには気附くような注意状態にあつたかどうか疑いがないわけでなく、他方本件踏切の約百米西方にある本二十八鉄塔の附近で警笛を鳴らした旨の渡辺証人の証言、その警笛を聞いた旨の証人杉本金作の証言を参照してみると、渡辺が原告の主張のようにその職務上の義務に違反して警笛を鳴らさなかつたこと、従つて同人に過失があつたことは認めることができない。
次に渡辺の運転手としての前方注視義務違反の点についてであるが、検証の結果によると本件踏切西方の軌道は約五十米のところから南に半径約四百米の曲線をなしていることは既に認定した通りであり、右踏切に向う上り電車は約二百米西方の地点からこれを展望することができる。ところで渡辺が昭文を発見したのは本件踏切の西方約四十二米の地点であつたことは成立に争のない甲第一、二号証、証人三坂佐吉、証人渡辺茂の各証言によつて認めることができるが、本件踏切に通ずる道路の西側、上り線外側軌道の北側約五米のところに家屋が存在し、電車から本件踏切を通行せんとする通行人の姿を見ることができるのは、少くとも通行人が右家屋の横から軌道の方向に一歩前進してからであることは検証の結果によつて明らかであつて他方昭文の本件事故発生直接の行動が前に認定したとおりであるとすれば、渡辺が本件踏切の西方約四十二米の地点において昭文を発見したのは最も早い時期における発見であつたと認めるのが相当であり、それ以上早く発見すべきことを要求するのは不可能であつたといわなければならない。又渡辺が昭文を発見したとき同人の運転していた電車の速度が時速約四十二粁であつたことは証人渡辺茂、同三坂佐吉の証言によつて認めることができるのであるが、一般に専用軌道を使用する交通機関は、踏切を通過するに際して事故発生の危険が特に大である等の特別の事情がある場合を除いては、特別に電車の速度を減じたり電車を何時でも停止し得るような状態に置いて事故の発生を防止すべき注意義務はないことは被告主張の通りであつて、本件踏切は既に認定した通り見透しは可成り不良であり、又附近には小学校があつて登校下校時には児童が踏切を通行する等の事情が認められるけれども、かかる事情のみによつては電車運転手に速度を低減すべき義務があるとはいえず、唯常に前方を注意して踏切通行人の速かな発見をなし、警笛を吹鳴してその注意を喚起することによつて事故の発生をできる限り防止すべき義務があるに過ぎないと解するのが相当である。ところで渡辺が右の注意義務に違背した事実は証拠によつては認めることができないことは既に判断を示した通りであり、同人に過失があつたとする原告等の主張は、結局において理由がない。
次に昭文が被告の占有所有する土地の工作物の設置又は保存についての瑕疵によつて負傷したかどうかについて判断する。先ず一般に踏切に保安設備を欠くことが土地の工作物の設置又は保存についての瑕疵に該当する場合があるか否かの点について考察する。軌道施設が民法第七百十七条にいう土地の工作物に該当することはいうまでもないが、右規定は踏切における門扉、警報機等の保安設備を除外する趣旨ではなく、且つ被告が主張するように決して既に設置された工作物自体に限られ、将来設置されるべき工作物としての保安設備等を含まないとする趣旨のものとも解すべきではなく、保安設備が設置された場合には軌道施設と相俟つて交通事業の企業施設を構成することは勿論であるから、軌道施設保安設備は全体として一つの工作物として考察すべきであり、保安設備の欠缺は右の全体としての工作物の設置又は保存に瑕疵がある場合に該当することがあると解すべきである。ところで本件事故発生当時本件踏切に遮断機等の保安設備が設置されていなかつたことは当事者間に争がないが、これは土地の工作物の設置又は保存に瑕疵がある場合に該当するか。一般に保安設備の欠缺が土地の工作物の瑕疵といえるかどうかは交通量、踏切附近の状況その他一切の事情を考慮して社会通念によつて当該踏切に保安設備が必要とされるか否かによつて決せられたものと考えるのが相当であるが、本件踏切には果して保安設備の設置が必要であつたか否かについて検討を加える。当時国有鉄道が採用し各鉄道会社もこれにならつていた基準に従えば本件踏切が交通量の点に関しては地方鉄道建設規程第二十一条第三項の「交通頻繁なる踏切道」には該当しないことは既に判断した通りであるが、本件事故発生当時右踏切の一日の平均交通量は少くとも六百人乃至八百人に達してをり、又附近には落合小学校が存在して、その登校下校時には児童が右踏切を通行していたことも亦既に認定した通りである。ところで保安設備の要否を決する基準が前記のように定められた所には踏切道を横断する人車の安全の保護につき軌道経営者に高度の責任を負わしめる反面軌道経営の公的性格に鑑みその経営の維持を著しく困難ならしめる程度の責任を課しないための配慮に出でたものと考えられ、従つてこの場合被告主張のように一般経済情勢通行人の交通良識等の客観的資料と共に設備に要する費用と当該経営者の財政状態という主観的要素が相当程度に参酌せられることはもとよりそのところといつて差支ないが、後者を重視するの余り通行人の安全を危うくするような結論は到底是認され得ないことも亦明白である。而して前記基準が当時において原則として妥当なものとして採用せられていたこと及び経営の規模が比較的小さく、且つ経理を運賃収入にのみ依存している私営の郊外電車線については右基準すらも更に緩に適用せられていたこと(証人岩崎茂の証言による。)もまことに止むを得ないところといつて差支ないが、右基準における交通量の算定において通行人の注意力の差、ことに幼少児童の数を考慮に入れていないことは、右の基準が必ずしも万全のものといえないことを物語るものであり(このことを国有鉄道においても意識していることは右証人の証言からも推測できる。)従つて通行人の年齢如何により特殊の事情ある踏切道については右基準によるのみでは設置に瑕疵のない工作物ということのできない場合を生ずるものというべきである。本件についてこれをみれば、本件踏切附近に小学校がありその登下校時には多数の児童が右踏切を通行していたのであるから、かかる踏切については交通量がたとえ千人未満であつたとしても、少くとも警報機程度の設備を要したものというべく、かかる特殊の事情のない交通量同等の踏切道全部について保安設備が要求せられるものでもないから、設置及び維持の費用の関係において被告の経営を著るしく困難とならしめるものとは考えられない。(この点は、交通量が基準以上である踏切については被告の経営状態がいかに困難であろうとも相当の保安設備をなすべきことが要求せられるであろうことをも考え合せるべきである。)
次に検証の結果によると、本件踏切の南北両側には家屋及び鉄柱があつて電車から通行人の見透しが困難であつたこと、反対に通行人側からの電車の見透しも同様に不良であつたことが認められることは既に詳細に述べた通りであり、右のような状況から本件のような事故が発生すべき危険は充分予想されたものである。更に検証の結果及び証人松浦の証言によると、本件踏切には戦前警報機が設置されていたが、戦争中罹災したために撤去されたことが認められ、これらの諸般の事情をすべて綜合すると、本件踏切には少くとも警報器程度の保安設備を設置する必要があつたと認められる。若し本件踏切にかような保安設備が設置されていたとすれば昭文が電車の進行に気がつかずに踏切を横断しようとして上り電車に接触するようなことはなかつたと考えるのが相当であるから、結局被告がその設置をせず、その結果本件踏切において昭文が電車に接触して負傷したのは被告の占有、所有する土地の工作物の設置に瑕疵があつたことに因るということができる。従つて被告は民法第七百十七条により原告等の蒙つた損害について賠償の責任がある。尤も被告に対して前述のような基準に合致するすべての踏切に保安設備の設置を要求することは、当時の社会経済状態及び被告会社の経営状態から考えて無理であつたことは充分認められるのであるが、本件のような特殊の事情を持たないものについてはその必要がないことは勿論であるから、被告のいう期待不可能の主張は本件踏切道に関する限り採用し得ない。
(五) 次に原告等が蒙つた損害額について判断する。
(1)先ず原告昭文の損害額について。
証人陰山〓の証言及び同証人の証言によつて真正な成立の認められる甲第三号証、甲第十号証と当事者間に争のない事実とを綜合すると昭文は原告等主張の日時に本件踏切において訴外渡辺の運転する上り電車の先端左側に接触地点より約八米二十糎引きずられて左上膊複雑骨折及び挫滅創の外傷を受けたことが認められる。
ところで昭文は僅か七歳にして左腕を喪失し、将来社会生活に多大の不利益を受ける等精神的に大なる打撃を蒙つているからその慰藉料は金五万円を相当と認める。ところで昭文が本件事故発生当時七歳であつたことは当事者間に争がなく、又七歳の男子の平均余命が五十二年であること、仮りに昭文が負傷しなかつたならば二十歳に達して後三十九年間月平均少くとも金一万円の収入があるべきことと、又昭文が左腕を喪失したことによつてその平均収入が少くとも一月平均金三千円減少することは何れも当裁判所に顕著であつて、結局昭文が二十歳に達してより三十九年間右の割合による受べかりし利益を喪失したこととなり、その総額は金百四十万四千円となる。原告昭文の主張する損害額金三十六万四千七百十六円は、右受べかりし利益の総額より、ホフマン式計算法により中間利息を控除した範囲内であることは算数上明かである。次に証人陰山の証言及び原告本人小山正志の訊問の結果によれば、昭文は二十六歳に達して後五年に一回宛義手を取り替える必要があること、又原告本人正志の訊問の結果によつて真正な成立の認められる甲第八号証によると、七歳の男子の義手の価格は一回につき金七千円であり、二十六歳以上の男子の義手は一回につき平均金一万円以上であることが認められるから、原告主張の金一万五千八百五十円はその代金合計額よりホフマン式計算法によつて中間利息を控除した金額の範囲内である。
(2)原告正志及び勝の損害について。
原告昭文は原告正志、同勝夫婦の長男であることは当事者間に争のないところであるが、成立に争のない甲第六号証によれば正志、勝は何れも昭文が本件事故によつて財産的、精神的損害を蒙つたこと、特に左腕を喪失した結果将来社会生活上大なる不便に耐え忍ばなければならぬこととなつたことによつて、更に息子の順調な生長を楽しんできたこれまでの期待が著しく害せられたことについて大なる精神的な打撃を受けたことを認めることができるのであつて、その慰藉料については右のような事情を考慮して正志、勝に夫々各金五万円を相当と認める。次に証人陰山の証言によつて真正な成立の認められる甲第七号証の一、二によれば、正志は昭文が事故発生直後聖母病院に入院加療した結果その費用金七千九百五十三円を、又前掲甲第八号証によれば正志は昭文の義手代として金七千円を支払つたことが夫々認められる。原告本人正志の訊問の結果及び成立に争のない甲第六号証によつて昭文は昭和二十六年末から二ケ月間毎日マツサージを受け、正志がその代金一回金三十円宛合計金千八百円の支払をしたことを認めることができる。更に証人陰山の証言原告本人正志の訊問の結果によると昭文は二十五歳に至るまで、成長に伴つて二年に一回義手を取り替える必要があることが認められ、その代価は一回につき少くとも金七千円であることは前掲甲第八号証によつて明らかであつて、合計金六万三千円の支出を必要とすることとなり、原告の主張する金四万七千三百四十円の損害額は、右総支出額よりホフマン式計算法により中間利息を控除した金額の範囲内である。被告は正志の右財産上の損害をも賠償すべき義務がある。
(六) 被告は原告等にも過失があつたとして過失相殺を主張しているので此の点について検討してみるに、昭文が本件事故発生当時七歳であり、小学校一年在学中であつたことは当事者間に争のないところであつて、原告本人正志の訊問の結果及び弁論の全趣旨によると昭文は当時多少とも事物を弁識することができる能力を持つており、踏切における危険についても認識があつたと認めるのが相当であるから、昭文が本件踏切を通行するとき同行していた訴外大塚と共に暫く前に通過した下り電車にのみ注意を奪われ多少注意すればその進行してくることに気がついた筈である上り電車に気ずかず、その結果右電車に接触して負傷するに至つたことは保安設備の欠缺は一応別問題として昭文に過失があつたものといわなければならない。而して前述の事故発生までの模様からすれば昭文の過失は決して軽少なものとはいえないが一面昭文は当時僅か七歳であつて一般の成人と同一の注意を期待することは不合理且つ不可能であることは明らかであるから、この点を考慮すると被告の賠償すべき損害額の算定としては財産的損害、精神的損害を併せて金三十万円を相当と認める。
次に被告は昭文の両親である正志及び勝は本件踏切が危険であることを熟知の上昭文を落合小学校に通学させ又本件事故のような不慮の事故の発生を未然に防止するために万全の方法をとらなかつた点に関して過失があつた旨主張するけれども、昭文は既に認定した通り踏切を通行する際の危険を認識し得る程度の弁識能力はあつたのであるから、両人をして本件踏切を越えて通学しなければならない落合小学校に入学させたことは正志、勝の過失とはいえず、又踏切を通行するについては電車の進行について注意をするのが通常の場合であるから正志等が昭文を送り迎えするなど特別の処置をとらなかつたとしても特に右原告等に過失があつたとすることはできない。従つて被告の正志、勝に対する損害賠償額を算定するについては何等同人等の過失を参酌する余地はないものといわなければならない。
(七) 以上の通りであるから、被告は原告昭文に対して金三十万円原告正志に対して金十一万四千九十三円、同じく原告勝に対して金五万円の損害額及び右各金額に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十七年三月三十一日より各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告等の請求は右の範囲内で正当であるからこれを認容し、その他の部分については理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条但書を、仮執行の宣言については同法第百九十六条を夫々適用して主文の通り判決する。
(裁判官 近藤完爾 山本実一 倉田卓次)